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『猫目のアヤカシ』 第一部 第一話  ブログ用二段 ~欲を喰らふモノ~

2008/10/24 17:44
      六

 いくつもの思いが、交差していた。
 それは、この闇が浮かぶ空の上にぽっかりと浮かんだ月が、満ちるように膨らんでゆくのだ。まぁるい形をとるのか、いびつななにかに化けるのかは、今はまだ分からない。
 ただ、思いは決してとぎれることはなく、たえまなく産まれては流れ続ける。
 一部風化したり、腐って溶け落ちたりと、さらにいびつなものへと育っては、変化を続け形を作る。
 成長と呼ぶには、異臭が漂い。
 腐敗と呼ぶには、腐ってもいない。
 進化と呼ぶには、大きな変化もなく。
 退化と呼ぶには、先祖返りもしていない。
 中途半端な状態。
 どう呼ぶべきなのだろうか? それすらもはっきりとしていない。
 だが、一つだけ言えることはある。
 それは、そこにあった。
 今までも、そしてこれからも。
 この先いつまで、そこにあって、肥大化を続けるかはっきりとはしていないが――
 今、そこに確実にそれはあったのだ。
 様々な想いを喰らいながら。

      七

 遠くから、カラスの鳴き声が聞こえた。けっして大きくない鳴き声は木々の間にぶつかり、跳ね、時にはくぐり抜けて、山あいを走り抜け、鳥居の隙間から流れ込んでくる。ときおり所在のしれないカァカァという鳴き声が響くからこそ、人は不安に駆り立てられる。昼間なら、まだ陽の明りに心が支えられ畏怖を覚えることはない。
 が、夜の山ならどうだろう?
 ここ稲荷の総本山、伏見稲荷の参道は鳥居で覆われている。線の鳥居。びっしりと隙間もなくそれが並んでいる。山が産んだ木々がかげり、闇を鳥居がさらに覆うことで、より深く濃いものになっている。闇が濃かった。
 かつり、かつりと石畳の上を歩いている。
 三布袋豹魔(さんほてい ひょうま)は杖をつき足下を探りながら歩いている。
 時折、隣にいる静が、手を取って豹魔を導いていた。
「しずか」と青年は、杖をつきながら、少女に呼びかける。
「はい、どうなさいました?」
 どこかうれしそうに少女は、答え顔を上げた。
「プルヌスは、まだか?」
 豹魔の言葉にはどことなく焦りが含まれている。静はそっと青年の掌を握りしめる。不安を取り除くように、柔らかく、握りしめた掌はわずかに震えていた。
 静は「不安なのですか?」と問いかけたくなるのを堪え、なにも言わずにそっと掌を引いた。自然と豹魔の指先が、少女の小さな掌に絡みつく。
「あれから、少し時間がたちましたね」
「ああ、最後の一頭が、どこにいるのか、まだ見当もつかない」
 そのことが不安なのだろうか? 静はそっと身を寄せ足下に注意を払いながら石畳を歩いた。この前、竹田の水路の側でやり合った影、あれは今彼が追っているアヤカシの一体だった。
「残りは、獣ですね」
「ああ、中尸だ。あいつは獣の姿をしてるはずだから、この世界にとけ込みやすいのかもしれないな?」
「多分そうでしょうね。でも、もうかなり育ってるはずだから、人の前に立てないはずなんですけど……」
 静はそういうと「あっ!」と声を上げる。
「ほら、プルヌス様の使いなら、すぐそこにおいでですよ」
 静はそういうと指さした。
 その先には、首輪と赤いリボンをそのしっぽに巻き付けた猫が一匹、音もなく静の目の前に現れた。
 猫がゆっくりと静の足下へと歩み寄ってくる。少し指先が踊っている。
「そうか……」豹魔は、優しくそう告げるとそっと掌から力を抜いた。「触りたいんだろ?」
「あっ、はい!」
 静はパタパタと足音をたてながら、一人で先に歩み寄る。
 猫は逃げなかった。顔を上げると、静が来るのを黙って待っている。
 静は腰を落とすと、そっとその頭を撫でる。猫は心地よさげにうっとりと瞳を細める。静は楽しそうにその背中を撫でる。
「うふふふ、ほれほれ~! 気持ちいいか~?」
 静はそのままなれた手つきで、背中からしっぽ、果てはお腹までうりうりとほぐすように撫でる。猫はさらにうっとりと石畳の上にごろりと転がって、彼女の小さな掌の愛撫を受け入れていた。豹魔はその様子を少し離れた場所から探るように顔を向けている。
 ゆっくりと顔を上げた。空には鳥居が覆っている。その隙間から闇が降り注いでいる。だが、その闇に裸電球の光が混ざり、夜と呼ぶには中途半端な存在に変えている。
 豹魔は顔を上げて周囲を見るが、彼にはなにも届かない。
 風はだまり、木々や草花の香りを運ばない。周囲に漂うのは、夜の重く鼻にのしかかる香りだけだった。聞こえるのは、ヤミヨに漂うカラスの鳴き声、それすらも彼の身体を覆い尽くすほどの力はなかった。
 光も闇も届かない。夜も昼も届かない存在として己はそこにいる。
 なのに自分はどこをさまよっているのだろう。
 まだ、なにも届かない。自分は、ヤツに近づいているのだろうか?
 今の自分は、ヤツに届くのだろうか?
 心の中で繰返し自問すると、杖を握る掌に力を込める。
 滑り止めの細かい突起が、掌に食い込んだ。
 痛いはずなのに、痛くはなかった。
「――さん」
 さらに握りしめる。
「―魔さん!」
 鉄製の柄はゆがむことはない。
「豹魔さん!」
 少し太めの握り重い。
『おいっ! 豹魔!』
 豹魔の額にめがけて石のつぶてが飛んでくる。豹魔は、反射的に杖の握りに左手を添えて身体の前で、円を描くように杖を跳ね上げつぶてをはじき飛ばした。
「プルヌスか……」
『いつまで、物思いにふけっておるか、中尸の居所が分かったぞ』
 猫が前足をついて、すました顔で豹魔を見つめている。先ほどまで、静にじゃれついていた姿は、どこにもなかった。威厳というか、適度な緊張感をその眼差しに含め、豹魔を睨み付けている。
「プ、プルヌス様、今のはやりすぎです。当たったらどうするんですか?」
 静が、猫に向かって抗議の声を上げた。が猫は口を開き、逆に少女をしかりつけた。
『良い、これが当たるようでは、きゃつの底もたかが知れておる!』
「ですが、プルヌス様!」
「静」と豹魔がたしなめる。
 静は不満そうに豹魔を眺める。
「いいんだ」
「はい。分かりました」静は納得がいかないらしく、まだ言葉尻に不満を漂わせていたが、豹魔に従った。そのまま豹魔の側へと歩み寄る。
「プルヌスの言うとおりだ。気を抜いていた俺が悪い」と豹魔。「で、中尸の居所が分かったのか?」
『ああ、あないする。ついてくるがよい』
 猫はそう告げるとすっと身を翻し、足音を殺し歩き出した。
 静はそっと豹魔の手を取ると猫の後をついて闇の中へと歩き出した。
『中尸は手強くなっておる。油断するでないぞ』

      八

 複数の人間が、ざわめいた声を上げる。時折、電話のベルが響いたり、椅子が動いたりとざわついた気配が耐えることがなかった。
 西安寺は椅子に腰を下ろした男性教員と向き合っている。美術部の顧問、小山。
「来月の西賀茂展覧会に提出できる作品が無くなったと聞いたんだが、本当か?」
 職員室、顧問の小山は言う。わたしは笑っていたのだろうか?
 小山は、不思議そうにわたしの瞳を眺めている。
「なんでだ? 放課後に残って一生懸命書いていたじゃないか、なにか調子が悪いのか?」
「いいえ。そんなことはありません」
 わたしはそう言った。
「そうか、いまから新作を描けるのか……」
「厳しいと思います」
「せっかく、お前の才能を世に出す好機だったのに……」
「わたしに才能などありませんから」
 小山の言葉を遮るように言う。
「またそんなことを言う。先生は、お前の実力が……」
 煩わしく感じて、その続きを止めた。
「小山先生」
「な、なんだ?」
 この人はどうしても、わたしに描かせたいらしい。
 描いても良い。だけど、それはあなたの望み通りのものじゃない。それでもいいの?
 そう、わたしが本当に描きたいもの。望んだもの。
「もし、わたしが、いまからもう一度がんばると言ったら、先生は応援してくれますか?」
 その瞳を見つめた。小山は少しひるんだように見えるけど、すぐさま腰を上げわたしの手を取った。
「あ、ああ……もちろんだ。先生にできることがあったらなんでも言いなさい」
 掌に力を込める。汗でべとべとして気持ち悪い。
 こいつが、わたしにテコ入れするのは自分の評価を高めるためだ。それぐらいわたしにはだって分かっている。普段、部室に来ない顧問。わたしが、描かないと知った途端にこうして、職員室に呼び出す。でも、あなたには、なにもできない。
「ご心配をおかけしました、昨日のわたしはどうかしていたんです」
「ああ、誰にだって疲れているときとかがある。なにかあったら遠慮無く先生に相談しなさい」
「失礼します」と、適当に頭を下げて、職員室を後にする。
 日の光が差し込む廊下、足音を立てながらわたしは歩いた。放課後の学校。
 誰もいない。なにも感じないほど、空虚だった。
「死ねばいいのに」と誰とも泣く呟いたとき、またお腹がうずいた。
 なんだろう? この感覚……。
 わたしは、思わずお腹に手を当てるとずくりと動いたなにか探った。だけど、うずきは消えていた。


        『猫目のアヤカシ』
        ~欲を喰らふモノ~
     第一部 第一話  ブログ用二段 了

                           第三段は、来週金曜日更新予定です。
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