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『猫目のアヤカシ』  第一部 二話 ~闇に遊ぶモノ~ ブログ用二段

2009/03/20 20:29
      三

 三布袋豹魔(さんほてい ひょうま)は無言で立っていた。
 その手首に細長い紐が幾重にも巻き付いて、自由を奪っている。
 男が腕に力をこめれば、それはいともたやすく千切れてしまうのではないか? そう感じさせるほどに弱弱しい紐。それには、なにか文字が書かれている。呪文のようにも見え、また違うものにも見える。ミミズがのたくったような汚い文字だ。だが、それが時折黒い光を放ち彼の身体を覆ったり、しばったりしている。豹魔は珍しく裸眼の状態で、顔を下げていた。
「まったく、愚か者めが」
 不意に叱咤する声が天井から聞こえる。豹魔は顔を上げなかった。同時に空からふありと、少女が降ってきた。ロングのスカートがパラソルの様に広がって下半身があらわになる。膝を曲げだが、少女は気にとめた様子もない。銀色のきめの細かい髪も、大量の空気の抵抗をはらんで宙に舞う。結い上げた髪の毛を飾る赤いリボン。チャームポイントのおでこ。年端もいかない少女だ。年の頃は、12~4歳と言ったぐらいだろうか? 瞳を細め、睨み付けるような眼差しで豹魔を眺めている。
 豹魔よりもはるかに低い背格好をしているが、不思議と彼女の身体から、威圧感が感じられた。それは威厳とでも言うのだろうか? 彼女の眼差しを凝視していると、思わず目をそらしてしまう。そんな感じがする。
 だが、豹魔には、その威厳も通じなかった。少女の体は、大きく溜息をついた。
「まったく、目先のことばかりにとらわれおってからに、少しは落ち着かぬか、主があまりに無理をするから、拘束をせねばならなくなるのだ。仇を討ちたい気持ちはわかるが、もう少しばかり冷静になれ!」
 豹魔は沈黙を持って答えた。
「こやつは……」少女は、頭を抱える。「おぬしは自分が何をしたのか、わかっておらぬのか?」
 少女はそういうと豹魔をにらみつけた。だが、そういう威圧は、豹魔には通じない。
 豹魔は、ようやっと、そしてゆっくりと顔を上げた。どこか挑むような雰囲気で、少女の威圧感を受け止めている。
「なんじゃ?」と少女はつぶやいた。
「俺には俺なりの目的があって狩人になった。そう、言わなかったか?」
「ああ、言うたな。じゃが、おぬしは、ひとつ勘違いしておる」
「勘違い?」
「そうじゃ。狩人の仕事は仇を討つことではないということじゃ。違うか?」
「ああ、そうだったな」
「ならば、あぜ、あのような愚かなことをした? あの時、わしの言うことを聞かなんだのじゃ?」
「どのみち倒さねばならないアヤカシだ。あの時倒そうと、あとで倒そうと、なにも変わらない」
 少女は顔に手を当てると、力強く溜息をついた。
「そこが、考え違いじゃというのだ」
「どこが違う? あのあと、無事に探し出せる保証がどこにある? ならば、強引にでも追って倒すべきなんじゃないのか」
「それは、間違っておらぬかもしれぬな」と少女。「じゃがな、あの時、ぬしは復讐することに心を奪われておった。普通の状態ではなかったであろう? 反論できるものならしてみるがよい!」
 豹魔は異形のまなざしを持って、少女を見つめていた。
「そのような、浮ついた心では、狩人失格じゃぞ? もったいない」
「おれは、それでいい」
「なにがじゃ?」
「おれのこの力は、仇を討つ力だ。狩人失格でもかまわない」
「この痴れ者め!」
 少女の激昂した声が、狭い社の中に響き渡った。豹魔は動じなかった。

      四

 一昔前のTVドラマによく出てくるような古びた1Kのアパート。
 玄関ドアの横には台所。そしてトイレと浴室が別々である。
 台所からすぐに居間につながる。
 床は畳敷き。台所は板張り。キッチンはやや大きめで四畳半、居間のほうは六畳。
 学生が一人で住むような安下宿。そう形容すればわかりやすいだろうか?
 独 静(ひとり しずか)は、その安アパートの台所で、コトコトと音を立てる鍋を前にしている。お玉で鍋で煮込んでいるクリームシチューを掬い取った。そっと口元に運ぶと唇をすぼめ、ふーふー、息を吹きかけ冷ます。それからすすり上げた。
「うんっ! 完璧」
 クリームシチュー独特の甘味、そして体の心からあったまる愛情たっぷりの熱が、喉から胃に流れ落ち体を温めた。六月も末とは言え、夜は少し冷えこむ。
「これなら豹魔さんも喜んでくれるよね」と一人ごちる。「今日のシチューは完璧! パーフェクト! これでまずいなんて、絶対に言わせないんだからね」
 静は満足そうに声をあげガッポーズを作る。そのあと、不意にはにゅ~っと頬が緩んだ。顔全体に野菊の花が咲いたようなかわいらしい微笑みを浮かべる。それ見たら、誰もがつられて表情を崩しかねない。そんな影響力をもった強力な笑顔だった。
「うふふっ、豹魔さんってば、クリームシチューが好物だって事ぐらい。あたしちゃんと知ってるんだから」そこまで言うと、一瞬気合を入れ。「今日こそはぜぇったい! ぜったい! 絶対に、おいしいよって言わせてやる」
 静は、くるくるとお玉で鍋をかき混ぜる。そのあと蓋をしてコンロの火を止めた。
 その幼い背丈で台所に立つのは難しいらしく、足元には台がおいてある。
 ひょいっと足音を殺して台から下りるとトテトテと愛らしい足音を立て、居間へと移動する。台所から居間へ通じるガラス戸は開いたままだ。それから時計に視線を移した。
「もう戌の刻か……豹魔さん、大丈夫かなぁ。一度命令を無視したから査問会を開くなんて………大げさだよ。ちゃんと中尸は倒したのに」
 静は、心配そうにつぶやくと、ゆっくりと座布団の上に腰を下ろして、目の前のちゃぶ台にひじをつく、部屋の中のなにもない空間をぼんやりと眺めていた。
「豹魔さん、おそいなぁ。プルヌス様の使い、まだ来ないなぁ」
 コチコチと時計の針が動く音だけが、その空間を支配する。
 その音の中にくぅうっと愛らしく、そしてどこか痛々しく静の腹時計の音が混ざりこんだ。「あっ」静の頬が真っ赤になる。
 静は、ひじを突いた状態で頬に手を当て「豹魔さん、無事なのかなぁ」と照れ隠しにつぶやいた。そのあと、崩れるようにちゃぶ台に顔を寄せている。
「ひょ……う…ま、さん」
 静は、いつしか、こっくり、こっくりと舟をこいでいた。
「ひょ…う」
 カチコチと時計の針は、音を立てて進んでいた。
 少女一人にとって、大きすぎる空間。ちゃぶ台と蛍光灯と、和箪笥、それ以外は何もない。質素な居間。大量の空気と時計の音だけが支配している。
 ちゃぶ台の上には、さかさまになったお茶碗とラップに包まれたおしんこ。サラダは、冷蔵庫の中、温めればすぐ食べられるクリームシチューが鍋の中にたっぷりと用意されている。静の傍らには電子ジャー。当然、食事の用意は、豹魔と静の二人分。
 待ちくたびれたのか、無防備な姿勢で、眠りこけていた。
 その愛くるしい小さな唇から時折漏れる寝息。
 時計の針は、いつしか丑三つを回っていた。
 その瞬間、空気が重たくなった。ともすれば、気がつかないほどの変化だったかもしれない。事実普通の人間だったら何気なくすごしていただろう。
 しかし、すぅすぅと、眠る静の寝息が不意に止まった。
 その瞳をパッチリと見開くと、不意に体を起こす。
 なにかの気配を感じ、背後を振り返った。玄関の扉の向こうになにかの気配を感じる。それは明らかに殺意をもっていた。
 静は、ひざ立ちの姿勢で右腕を肩から水平に伸ばす。だらりとした服の袖が落ちる。袖の中をなにかが、ぶくぶくと波を打って走った。そのなにかがぴしりと音を立て、静の手首に巻きつく。
「誰?」
 警告ともつかない真剣な声。その中にわずかながらに殺気が含まれている。
「誰なの?」
 この気配は、豹魔ではない。そもそも彼が帰るという連絡をプルヌスの使いから聞かされていない。自分がいなければ、彼はこのアパートには帰ることのできない体なのだから……。そして彼から邪険に扱われたことはあっても、敵意を抱かれたことはない。
 静は、彼が寂しいだけなのだということを知っていた。
 そう、誰よりも、痛いほど、苦しいほどに。
 静の身の回りの空気がきゅうっと少女を包み込むように、円く世界を閉じる感じで重たくなってゆく。
「結界は反応してない……だとしたら?」
 まさか同族? だとしたら、神か、退魔師しかいない。
 そうだとしても、この殺気はおかしかった。どうして同族が狙ってくる?
 明らかに静に対して殺意が含まれていた。足に力をこめる。
 力はいつでも使える。そっと膝を立てて、ゆっくりと立ち上がる。
 玄関の扉の向こう、確実になにかいる。静は警戒していた。
 はっきりと、静に術を行使している。自分を包む空間が閉じようとしていた。
 まるで重量が増えたように空気がずるずると幕を下ろしてゆく。
 異様な力は玄関の扉の向こうから産まれている。
「攻撃するべきかな?」
 静は、そっと左手の掌を開いた。感じたことのない力。おそらく日本のそれじゃない。そうなると西洋の魔術だ。
 未知の力との対峙。術がわからないうちに完遂されたとき、自分はもう動けなくなるだろう。だとしたら、一気に決めるしかない。そのためには、右手だけでなく、両手を使った方が良い。静はそう判断する。
「豹魔さん。部屋、めちゃくちゃにするけど、ごめん」
 そう一言つぶやくと床を蹴った。
 左腕の袖が、膨らむ。
 少女の小さな掌を醜悪な肉の塊がぶくぶくとおおいはじめる。その肉塊で、正面の扉を殴りつける。轟音が生じ、目の前の扉が文字通り消滅した。次の瞬間、エネルギィの衝撃が、波となり、びりびりと大気を振るわせた。振動は、瞬く間に周囲に広がり、扉の向こうにあった敵の体を吹き飛ばす。
 その衝撃に吹き飛ばされた敵は、おぼつかない感じで、空を泳ぐ。
 静は、ねらいすまし右手を振り下ろす。
 流れるような追撃。静の右手に巻きついていた存在が、蔓のように伸び、勢い増してパンっ! と音の壁を打ち破った。
 一点に集中したその力は、衝撃力を持ってその存在を地面に叩きつけた。
「ぐぁああ!」
 アスファルトへの激突! 肉の生々しい音が広がる。
 静が攻撃した敵は地面の上で、苦しそうに息をついた。
 ただの二発。正式には、蔓の一撃なのだが、それで、すべてのカタがついた。
 一人の男がピクピクとその全身を痙攣させながら、アスファルトの上で転がっていた。
「えっと……」
 静は、呆然と自分が叩きのめした存在を見下ろしていた。
 初めて見る長身の青年。
「この人誰?」
 背丈は、豹魔よりも間違いなく高い。そしてまぎれもなく人間だった。
 周囲の空気は、感じたことのないような甘い香りがした。その顔をそっと覗き込むと瞳の色が青い。見たことのない清んだ瞳だった。
 青年の体を包む気配は少なくとも邪悪なものではなかった。
「この気配どこかで……うん。シーボルトさんと同じ匂いがする。でも、おかしいなぁ。シーボルトさんって、もう100年も前に死んじゃったはずだし」

     『猫目のアヤカシ』~闇に遊ぶモノ~
     第一部 第二話 ブログ用二段 了
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