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『猫目のアヤカシ』 第一部 第一話  ブログ用一段 ~欲を喰らふモノ~

2008/10/20 10:35
   遠くから見える意志。

   かさり、かさりと、何度か繰返して音は響いた。

   見られている。そう感じたとき、男は顔を上げる。

   なんだろう、これは? そう思った。

   そして、視界は暗転した。


    『猫目のアヤカシ』 第一部 第一話  ブログ用一段
      ~欲を喰らふモノ~
              文 黒田百年
              絵 蔓

      一

 青年は疾駆した。地を蹴り腰をひねるようにまわしながら……。
 その動きは、ともすればスキップしているような動きに見えなくもない。問題はその速度である。一呼吸のうちに六間の間合いを一瞬で詰めたのだ。目の前には、大きな羆のような黒い影が、のそりと身を起こして青年を待ちかまえている。身体は人間、だがその顔は牛の顔という異形。
 彼は影の間合いに入るやいなや腰を落とした。その上半身が、なめらかに前傾姿勢をとった。それに遅れて、頭のあった空間をナイフよりも鋭い爪が走り抜ける。
 青年の髪の毛の何本かが宙に舞った。
 当たらない。
 そのまま地面を踏みしめると上半身を素早く起こし影の胴体に肉薄する。くっと息を吐き出すと同時に零距離、無間とよばれる間合いで、肘の一撃を影の身体にたたき込んだ。影が呼吸に喘ぐ隙をついて、するりとその背後に回り込み、頸に腕をまわす。
 青年は躊躇うことなく、腕に力を込めた。
 ぐぎ!
 鈍い音がした。
 折ったのだ。その頸の骨、頸椎を迷うことなく――
 しばらく影の身体を抱いていた。死を確かめるまで腕から力を抜かなかった。
 やがて影がずるりと崩れ落ちその様子を見下ろした。サングラスをかけているため、なにを思っているのか、その瞳から考えを読み取ることはできない。
 だが、なんとなく、悲しみを口元に浮かべているようにも見えた。
 彼が見下ろすのは、物言わぬ骸のはず。その影が、まるで夜の空気に溶け込むよう、うっすらと消え始めた。それが音も立てずに闇と一つになったとき――
「また、違ったよ」
 空を見上げる。物言わぬ月明かりが、青年の頬にやさしく降り注いだ。
 右手を空に向かって突き出すと、月を握りしめるよう掌に力を込めた。
「見えたと思ったのに」
 青年は、月から放たれる銀色の光圧を全身で受け止めながら「しずか……」と名前を呼ぶ。
「豹魔さん、終わりましたか?」
 呼ばれると同時に、幼い少女がひょっこりと空から降ってきた。むき出しのコンクリートの堤防。そして水が流れていない水路の床に、ぺたりと足から下り膝をついて衝撃を殺す。ワンピースに袖の長いTシャツを羽織っただけの姿。スカートがシャツごとめくれて着地する一瞬下着があらわになっているが、特に気にした様子も見せなかった。少女は、利発そうなまなざしを持っている。そしてその長い髪の毛は二本のお下げにしている。おてんばな少女。その表現が似合う。
「ああ、終わった。残るは、後一頭だけだ」
 静はそっと周囲を見渡すと、闇の中身を覗き込む。確かに気配は消えていた。
 右手を伸ばして軽く振る。
 彼女の小さな掌から、一つの肉の塊が飛んでゆく。ぽちゃりと音を立てる。
「どうした、静?」
 青年は、そう言うと水音の立った方に、おぼつかない足取りで、ふらふらと歩き出した。一歩一歩確かめるように、地面を安定しない足取りだ。
「あっ、待ってください、今、杖を」
 静は、はっとすると慌てて打ちっ放しのコンクリの床に転がっている杖の側まで走りって、よいしょと両手で抱えあげた。少し重いのか、足下がおぼつかない感じだ。よたよたと上半身が揺れる。
「相変わらず、重いぃ~」
 小さな身体で、地面に転がっていた杖を抱え上げる。杖を垂直に立てたら少女の肩口を越えるほどの長さがある。しかも鉄でできているのだからやはりかなりの重量がある。
「静?」
 静が苦しんでいる気配を察したのか、青年は再び少女の名を呼んだ。
「だっ、大丈夫です」
 少女は、そう告げると、青年の側まで、よいしょよいしょと杖を運んだ。ガリガリと地面をこすりつけながら――
「はい」
 青年の側に歩み寄ると満面の笑みで、杖を手渡そうとするが、彼はそれを無言で手にして無造作に地面を軽く叩きながら歩き出した。
「あ、待ってください。そっちじゃないですよぅ」
 静は、そんな青年の開いてる左手をそっと取ると、やさしいペースで導きはじめる。
「こっちですよ。豹魔さん」
 青年を気遣うしぐさ。だが、彼は無言で少女の腕に従うだけで、礼も何もいわなかった。静は手を引きながらゆったりと歩幅をあわせ歩いている。
「今夜は、肉じゃがで良いですか?」
「好きにすればいい」
「むぅ~。じゃあ、なにか食べたいものあります?」
「勝手にしろ」
「もう、そういう言い方しなくても良いじゃないですか? 虫を一頭倒したんですから、なんでも好きなもの作ってあげますよ」
 静はうれしそうにそう問い掛ける。だが、豹魔は答えない、ただ少し足に力をこめるだけだった。
「あ、豹魔さん、地下鉄の竹田駅はこっちです! そっちいっちゃだめですよぉ、スロープはこっちにしかないんですから、地上にあがれませんよ!」
「わっ、わかってる」豹魔の声が、慌てて追いかけてきた。

      二

「西安寺先輩、お疲れ様でした~」
 バタバタと響く足音。同時に音を立てて横に滑る木製の扉。滑車ががらがらと乾いた音をあげる。一人には広い美術部の部室。
 軽く振り返るだけで、さらりと西安寺の黒く長い髪の毛が揺れた。大きめの瞳その光はどことなく沈んでいた。
「お疲れ様、気をつけて帰りなさい」
 西安寺 桜は、後輩達を見送ると人気のない美術室に一人のこりキャンバスに向き直った。油絵の具独特の香りが鼻孔をくすぐる。彼女は、その香りが嫌いじゃなかった。
 パレットを手に取ると、一人じっと描きかけの絵に向き直る。
 空虚な視線、無言でそれを見つめていた。
 動かないままに、その描いたものに視線を向けている。長い沈黙だった。
「なんで、こんなことしてるんだろう」
 西安寺 桜はため息をつくと、パレットに筆を置いた。じっと眺める。
 キャンバスに描かれたそれ。
 じっと眺めてから菱形のパレットナイフを無造作に手に取るとキャンバスを斬りつけた。布が裂かれる音。そして、大きくバツの字にキャンバスは引き裂かれる。
 その様子を無言で眺めていた。
 遠くから、カラスの鳴き声が聞こえてくる。日は陰り、傾き、茜色の光線となって美術室に差し込んできている。まだ、日は落ちてない。
 六月の日差しは夏へと移ろっているが、まだ、どこか晩春の香りが感じられる。
 逢魔が時、そして水無月。
 季節もそして時間も変わっている。桜はそっと自分が切り裂いたキャンバスに手を伸ばした。いとおしげに撫でる。そのまま時間だけが過ぎた。
「死ねばいいのに」無表情のままに呟くとキャンバスに背を向けて、片づけを始める。
 それから桜の胃の下あたりがずくりとうずいた。強い違和感を覚えてそっとお腹を撫でる。その時、誰かが桜を見ているような気がして、慌てて振り返ると周囲を眺めた。
 だが、誰もいない。
「………」
 唇を真一文字に結び、じっと昼と夜の中間時点を眺めていた。
 のそりと、なにかが動いたような気がする。
 目をこらすと、そこにはなにもいない。「気のせい?」と思わず一人ごちた。
 闇は答えなかった。

      三

 ふありとロングスカートが花びらのように広がった。大きく、そして、大量の空気を孕んで……。音もなく地面へと飛び降りると、そっと手を挙げ、水鏡に指先を当てる。そのままゆるゆるとまわした。波紋が広がる。
 そこには大きな影が、うごめいていた。人の形をとっているのではなく、大きな影が四つんばいになっていた。それはもごもごとうごめいて肉の塊をとる。
「ふむ……」と一息。指先が水面から離れたとき、ぽたりと一粒の雫が水面で跳ねた。その表面でゆらりと水が揺れた。
「余りよい兆候ではないの。うむぅう、思ったよりも育っておる」
 そう告げると、軽く水面を掌で叩いた。
 ぱしゃ、と音を立て、水が爆ぜた。鏡に映っていたものは、水面で型どることもかなわずに消える。
「アンズ、おるか?」
 そうすこし強めの言葉で問いかけたとき、きしっと床の羽目板が音を立てる。
「ふむ、よう来たな。すまぬが少し使いにでてくれぬか?」
 言葉と同時に、まるい気配が消えた。
「さて、急がねばならぬが、適度に邪魔をしておかねばならぬのう」
 声の主はそういうと、ゆっくり歩き出す。そのまま部屋の隅に置いてある錫杖を手に取ると軽くそれを振った。
「うむ! 調子は悪くない」
 じゃらんっと、金属が重なる音。壁際まで歩み寄ると戸棚を開ける。小さな壺やら硝子瓶が並んでいた。その蓋を取ると中から無造作に、中のものを摘むと握りしめる。いくつか物色して再び水鏡の前に立つと、単音節の言葉を一つ一つ落とす。手を振りながら水鏡の中へと鎮めてゆく。
「――――、―――――、――! ―――、――、―――――――!」
 ぐるりぐるりと、彼女が投げ込んだ触媒により穴が穿たれた場所に、ひずみが産まれそれ、流れて、やがて螺旋を作る。そのまま一つのうずになる。
「――! ―――――! ――!」
 うずは巻いて、やがて水鏡から時空に穴を穿つ。
「――――! ――!」
 赤色の光を放ち始める。
「――――――!」
 水ではなく、光が爆ぜた。肩で息をつく。
 そのまま、顔を上げると満足そうに微笑んだ。

      四

「おかえりなさい。お疲れ様だったわね」
 少女の指先に、ヒルが這っていた。
 のたくたと指先の先端でフリフリと頭を上げている。
 少女は、耳を寄せその言葉を聞いていた。
「そう……」
 真剣な顔つき。
「途中で、三尸の気配を失ったのね」
 変だと少女は思った。
「引き続き探ってくれる?」
 そう少女が呟くと指先を這っていたヒルを優しく地面に置いた。
 ひょこひょこと尺を取りながら、それは闇の中へと消えてゆく。
 少女は、腰を上げる。
 三尸は宿主がいて初めて、生きることが許される虫である。
 いくら、暴走、肥大化し人に仇をなすアヤカシに化けたとしても、宿主なくして生存はできない。
 三尸とは、人の醜い欲を喰らい生存する虫。人体に寄生する霊虫だ。
「どうして、消えることができるのだろう?」
 少女は思わず一人ごちると夜空を見上げた。

      五

「ふむ、まだ、ぼくが見えてないのか」
 サングラスをした男は、どこかさみしそうに微笑んだ。
「ぼくの姿は、まだかれには見えないか……」
 ゆっくりと、した仕草でサングラスをはずすと月を眺める。
「うん、良い月だ」
 どこか、悲しそうに、楽しそうに、そんな感情を込めている。
「かれにはこの月が見えないのかな?」
 誰かに語りかける言葉。
「追っておいで、早く」
 そういうと月に向かって掌を伸ばした。
 空をつかむ行為。当然ながら、それはできない。
 大きく広げた掌をそっと握りしめる。
 ぎゅっと音がする。
「ぼくは、君を待ってる」
 それぞれの思いが交差する夜。
 ゆっくりと物語は、進みはじめた。


        『猫目のアヤカシ』
        ~欲を喰らふモノ~
     第一部 第一話  ブログ用一段 了

                           第二段は、今週末金曜日更新予定です。
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